カロック :: キャラクターストーリー

大陸中心部にあるカイマン川は大陸で最も暑い地域を横切る川だった。
年がら年中雨が降るこの地域は、鬱蒼とした樹木に蔽われて巨大な雨林を形成し、カイマン森という名以外にも緑の迷宮という異名を持った。

ヤシ、マホガニーなど厚い葉を持つ木に覆われ、日差しが届かない地面は常に薄暗く、低木とつるが絡み合っていて、少しでも気を緩めるとすぐ道に迷ってしまうのだ。

ここ、カイマン森に面したその周辺の人間の領土には神秘的な種族、ジャイアントに関する伝承が多く残されていた。
ジャイアントについて歌った「森と伝説の巨人」には彼らに関する内容が多くあり、次がその一部である。

ジャイアントたちはどの種族よりも先にこの世界に辿り着いた。
彼らは熊のような巨体を持ち、今の人間より何十倍もの怪力の持ち主であった。
しかし、彼らは自らの力を過信し、神の怒りを買ってしまった。
ほとんどの者が歴史の中へ消えてしまったが、カイマン森には今もなお生き残った者たちがいる。

しかし、ジャイアントに関する伝承とは裏腹にジャイアントたちを実際に見たという人はいなかった。
戦争の歴史が始まって以来、人間たちの間で伝承もジャイアントの存在も次第に薄まっていった。

ドーン、ドンドンドン、ドンドーン。

カイマン森に低音の力強い太鼓の音が鳴り響いた。
まるで雷が鳴っているような響きだった。
森の動物たちが太鼓の音に驚いて逃げ始めた。

太鼓の音は人間が足を踏み入れたことのない森の奥から聞こえてきた。
そこはジャイアント村だった。

村の広場に集まった数十人のジャイアントが岩で作った太鼓を叩き続けていた。
ジャイアントたちの太鼓の音が鳴り響くその中央には、岩を削って作った四角い舞台があった。
ジャイアントたちはこの舞台をアリーナと呼んだ。

アリーナの上にはジャイアントたちの力を象徴する巨大な拳が描かれていた。
それは、アリーナに立つジャイアントたちは己の強さを証明しなければならないという意味を表した。
太鼓の音が激しさを増し、歓声が湧き上がった。

「さあ!これが最後の戦いだ!」

アリーナの進行を知らせる力強い声が響いた。ジャイアントたちによって太鼓の音がさらに激しさを増した。
そして太鼓の音とともにアリーナに上がる二人のジャイアントの名前を叫んだ。

「カロック!アクム!カロック!アクム!カロック!」

アリーナを隔てて向かい合ってあぐらをかいている二人のジャイアントがいた。
鼓膜が破れそうな音の中で腕を組み、目を閉じて静かに時を待っていた。
アリーナの優勝候補であるカロックとアクムだった。

二人とも巨体の持ち主だったが、アクムの方がよりたくましい体格をしていた。
アクムの腰には一族の力を象徴するベルトがはめられていた。
アクムは前回のアリーナの勝者で、カロックはアクムからベルトを奪うためにトーナメントを勝ち抜いてきた挑戦者だった。

「兄弟たちよ!はじめ!」

開始を知らせる叫びと同時にカロックとアクムの名前を連呼していた声が止まり、太鼓の音も次第に静まっていった。
アリーナに集まった全員が固唾を飲んで二人のジャイアントの動きを見守った。

カロックとアクムはゆっくり立ち上がり、アリーナに上がった。
左側にはカロックが、右側にはアクムが立った。二人は中央まで出てきてお互いの拳を突き合わせたまま頭を下げて挨拶を交わした。
挨拶もまたアリーナの伝統儀式の一つだった。挨拶を終えた二人のジャイアントはお互いの拳を一度離し、再び強く突き合わせた。

それが開始の合図だった。
二人のジャイアントが放った巨大な拳が一瞬クロスした。

二人のジャイアントの力と実力はさして変わらなかった。
アクムにもカロックにもそれぞれ有利な場面があった。
結局は最後まで耐えられる体力と勝利への強い意志によって勝敗が決まった。
地面に倒れたアクムを制圧し、最後までアリーナに立っていたのはカロックだった。

「カロック!カロック!カロック!」

ジャイアントたちがカロックの名前を叫び続けた。

「おめでとう!兄弟よ!」

アクムが腰にはめていたベルトを外し、カロックに渡した。
カロックが丁寧に一族のベルトを受け取った。
そうすると、再び歓声が上がった。
ベルトの着用者は部族の重要な決定を下すことができた。

アクムがカロックの方に晴れやかな笑顔で拳を突き出した。
そして傷だらけの二人のジャイアントが固い握手を交わした。
二人とも今日の勝敗を永遠なるものとは決して思わなかった。

『勝利に用心しろ。勝利というものは、短くて酔いやすいぞ。』

ジャイアントたちは己を鍛えて強くなり、それを証明するために戦うだけで、勝利するために戦うわけではなかった。
カロックとアクムが肩を組んで豪快に笑いながらアリーナから下りてきた。
激しかったアリーナでの戦いの終わりにしてはとても呆気なかった。勝者のための歌などはなかった。敗者への罵声もなかった。そしてジャイアントたちはいつものように均衡を重んじる彼らの伝統歌で最後を締めくくった。

アフナトトゥンマ
勝利とはしがない結果
力はすなわち供物
戦争は神々の賭場
兄弟よ、武器をしまいたまえ

アフナトトゥンマ
勝利とは自惚れによる幻想
力はすなわち均衡
戦争は神々の罠
兄弟よ、拳をしまいたまえ

アリーナが終わってから間もない頃だった。
アリーナ開催で空になった食糧倉庫を再び満たすためのジャイアントたちの狩猟が始まった。
ジャイアント村の作業は全てが共同作業で、ベルトの持ち主となったカロックさえ例外ではなかった。

カロックは自分のノルマを果たすために狩りに出ていた。

村の入口近くにいたカロックは、村に近づいてくる小さな影を発見した。
よく見かける野生動物の影ではなかった。
両腕と両足を持っていたが、ジャイアントより遥かに小さい影だった。

カロックは首を傾げた。
ジャイアント村は遥か遠い昔から様々な呪術によって守られていた。
よそ者が森で道に迷って運よく辿り着ける所ではなかった。
カロックは怪訝な顔をして森に身を隠し、影を見守った。

影は次第に近づいてきた。
驚いたことに森の道から姿を現したのは小柄な人間の女性だった。

カロックは生まれて初めて見る人間の女性の姿に好奇心をかき立てられ、じっと見入ってしまった。

女性はひどい怪我を負っていた。
女性は鎧を着ずに布鎧だけを着ていて、この布鎧は血液に赤黒く染まっていた。
また、女性の左腕は骨が折れたのか、だらりと垂れていて、歩くたびに力なく揺れた。

女性は、まだましな右腕で刃がむき出した長剣を引きずっていたが、一歩一歩、苦しそうに歩きながらもその剣だけは離そうとしなかった。

カロックは女性が前を通る瞬間を見計らって森の道に出て自分の存在をあらわにした。
彼女は突然飛び出してきたカロックに驚きもせず、じっと見つめてきた。
女性はうつろで生気のない目をしていた。
まるで生きることを諦めたような目だった。
その瞳にカロックの心配そうな顔が映った。
女性の目が徐々に閉じられていった。
それから気を失い、倒れた。

カロックは悩んだ末、倒れた女性を抱えて村に帰った。

数日後、女性がカロックの家で目を覚ました時、家の中は村のジャイアントが全員集まったかのように騒がしかった。
人間に対する好奇心で村のジャイアントたちが集まっていたのだ。
女性は目の前に現れた巨大な顔たちを見て再び意識が朦朧としてきた。

「大丈夫か?兄弟よ。」

大勢のジャイアントたちの中にいたカロックが声をかけた。
しかし、女性からの返事はなかった。
カロックと初めて会った時と同じく生気のない目で、ぼうっとジャイアントたちを見ているだけだった。

カロックは諦めず、大きな手を差し出した。

「俺の名前はカロック。会えて嬉しい。」

女性はやっとカロックの方を見た。
カロックは無理やり笑顔を作って見せたが、どこかぎこちなかった。
突然女性の目から涙がポタポタと落ちた。
それを見たジャイアントたちは、慌てながらカロックを彼女の前に連れ出した。
カロックがぎこちなく手を差し出すと、女性はその手を掴んでしばらく泣いた。

「私の名前は……アニス……です。」

女性の名前はアニスで、王国騎士団所属の見習い騎士だと言った。
しばらく経ってからの自己紹介だった。

カロックは自分とジャイアントたちを紹介し、彼女にどうして森に来たのかを聞いた。

「それは……。」

アニスは突然何かを思い出したように体を震わせた。
彼女の顔が再び暗くなった。

「兄弟よ、無理して話さなくていい。」

アニスは震える声でアルベルンに行かなければならないとつぶやいた。

「俺たちが出切るだけ早く回復するように協力する、今は何も心配しないで身体を癒してくれ、兄弟よ。」

カロックはすぐ元気になれると言い、とんとんと彼女の肩を叩いた。
アニスはカロックに叩かれて痛みを感じたが、カロックの清々しい姿に少しずつ落ち着きを取り戻しているのを感じた。

その日以来、カロックはアニスの世話をした。
彼女用の小さな食器は他のジャイアントに頼んで作ってもらい、採集や狩りに出た時はいつもアニスの分まで取ってきた。

他のジャイアントたちもアニスに優しかった。
回復に必要な薬と食糧を分けてくれて、彼女が少しでも早く回復できるように助けてくれた。

「小さい頃、お婆ちゃんがよく昔話をしてくれたんです。」

アニスは次第にジャイアント村とカロックに馴染んだ。
カイマン森に夜が訪れると、カロックは家に帰ってアニスが聞かせてくれる話を聞いた。
人間の暮らしはジャイアントの暮らしとあまり変わらなかったが、とても興味深かった。

「カイマン森にジャイアント村があるって教えてくれたのもお婆ちゃんなんです。」

アニスが村に辿りつけたのは全て彼女の祖母のおかげだった。
彼女の祖母は非常に古い伝承まで覚えていたようだった。
アニスは呪術を避けてジャイアント村を見つける正確な方法まで知っていた。
カロックはこの方法を人間全員が知っているのかと聞いた。

「うふふっ、いいえ。今は私一人しかいないと思いますよ。」

ジャイアントの伝承を覚えていた唯一の人が祖母だったと彼女は言った。
祖母の昔話を興味深く聞いていたのはアニスだけで、祖母が亡くなってからはアニスが伝承を覚えている唯一の者だった。

「そして…今のアルベルンは……。」

アニスは再び悲しそうな目をした。
カロックは彼女が「アルベルン」のことを話す度にそんな目になることに気づいた。
悲しい事情があると察したがあえて聞かなかった。
アニスが自ら話してくれるまで待った。

「もうこんな時間だ…回復するためには早く寝ないと、兄弟よ。」
カロックは静かに話し、部屋の隅に行ってアニスに背を向けて横になった。
アニスはそんなカロックを見て一人でクスッと笑った。

アニスの左腕が回復した頃、カロックは彼女の剣術の練習相手になってあげた。
彼女が騎士としてどれほどの実力を持っているのか確かめたいと、カロックから提案したのだ。

アニスは長剣を、カロックはガントレットだけで練習に臨んだ。
アニスはカロックの無防備な姿に驚いた。

「い、いけません。斬ってしまったら……。」

緊張で体がこわばり、彼女は思うように剣を動かすことができなかった。

「ハハハッ、大丈夫。遠慮せず攻撃してくれ、兄弟よ。」

その後、アニスは余計な心配をしていたことに気づいた。
カロックはその巨体とは裏腹に、俊敏な動きで彼女の剣をガントレット一つで受け止めた。
彼女が渾身の力を振り絞って攻めても、カロックに傷一つ負わせることはできなかったのだ。

アニスは騎士団の仲間たちを思い出した。
全員自分より遥かに強い騎士たちだった。
しかし、カロックはそんな彼らを遥かに上回る実力を持っていた。

彼女の中に、わずかな希望が芽生え始めた。

そんなある日、剣術練習を終えたアニスはカロックに、村を去る時が来たことを告げた。
彼女の左腕は完全に治り、自由自在に剣を振り回すことができた。
カロックはぶっきらぼうにうなずいた。

「その時が訪れたなら、行くがいい、兄弟よ。」

ぶっきらぼうな口調だったが、寂しげな目をしていた。
アニスはそんなカロックを見上げ、ためらいながら言った。

「カロック……。」

アニスは悩んだ末、覚悟を決めたように唇を強く噛んで言葉を続けた。

「……頼みが…あります。」

会議が招集され、アリーナの周囲に村のジャイアントたち全員が集まった。
会議は、ジャイアントたちが重要なことを決める時に皆の意見をまとめるための手続きだった。
しかし、今回の会議を要請したのはジャイアント一族ではなく、村の客であるアニスだった。

「どうか力を貸してください。」

アニスがアリーナに上がって震える声で訴えた。
全員が静かに耳を傾けないと聞こえないほど、小さい声だった。
ジャイアントたちが会議を行う時とは全く違う光景だった。
大勢のジャイアントが口を一文字に結んで彼女の話を聞いていた。

「アルベルンから魔族たちを追い払ってください!」

全ての始まりはこのアルベルンからだった。

アルベルンはカイマン森近くにある小さな人間の都市。
アニスと彼女の祖母が生まれ育った故郷であり、彼女が所属していた騎士団があった都市だった。
しかし、このアルベルンは先日魔族から攻撃を受け、奴らの支配下に置かれた。
その時、大勢が命を落とし、怪我を負い、また多くの人が捕虜や奴隷としてひどい扱いを受けている。
アニスはジャイアントたちに、魔族に占領された人間の都市を解放してほしいと訴えた。

彼女の話が終わると長い沈黙が続いた。
ジャイアントたちが悩ましい顔でお互いを見つめ合いながら、首を横に振った。
その時、アクムが前に出てきてアニスに向けて叫んだ。

「兄弟よ。すまないが、それはできない!」

アクムは今までとは違って非常に険しい顔をしていた。

「我々は力の均衡を保たなければならない!勝手にその均衡を破ることはできぬ!」

アクムの叫びを聞いたジャイアントたちは、その通りだと言わんばかりにうなずいた。
何人かのジャイアントたちが遅れを取りながらも、アクムの意見に賛成の意を表明した。
アニスの頼みを受け入れることはできないという意見が圧倒的に多かった。

「アニス……。」

カロックはこの光景をやるせない気持ちに襲われながら見守っていた。
均衡の守護とアニスの頼みの狭間で揺れ動きながらも、結論を出すことができずにいたのだ。

目に零れ落ちそうなほど涙をためたアニスが叫んだ。

「お願いします!あの邪悪な魔族たちは人々を残酷に殺した怪物なんです!皆さんが道理と名誉を重んじているなら、どうか…お願いします!」

アニスは涙で訴えた。
アルベルンへの攻撃に立ち向かって彼女とともに戦った騎士団員たちは、魔族によって悲惨な最期を迎えた。
生き残った騎士団員は、支援を要請するためにカイマン森に逃げたが、魔族に追われ続けた。
やがて、魔族の追跡と森の厳しい環境によって、彼女は全ての仲間を失ってしまった。
彼女は仲間たちの最期を思い出し、泣き崩れた。

「兄弟よ、その悲しみは痛いほど分かる。我々も神々が始めた愚かな戦争のせいで多くの兄弟を失った。」

アクムが黙祷を捧げるように頭を下げたが、
すぐさま首を横に振りながら言葉を続けた。

「しかし、兄弟よ。だからこそ俺たちは戦争に介入できない。それは誰にも止めることのできない流れだからだ。」

アニスは返す言葉も見つからないままアクムを見上げていた。

「我々がこの戦いに介入してしまうと、均衡は崩れ、その時は我々まで生存の危機に立たされてしまう。我欲のためにここの兄弟たちを危険にさらさないでくれ。」

アクムの言葉にアニスは何も言い返せなかった。
このまま続けてもアクムを中心としたジャイアントたちの結論を変えることはできなさそうだった。

アニスはカロックの方を見上げた。
カロックの悲しげな目が彼女を見つめていた。

カロックに見送られてアニスはジャイアント村を去った。
村から出る時、目が合ったカロックに、アニスは何も言わなかった。
彼女はカロックを見上げ、ただ笑って見せた。
平気だと言わんばかりに笑顔で村を去るアニスの目からは、以前とは違う決然とした意志が感じられた。

アニスがいなくなって、再びジャイアントたちだけの暮らしに戻った。
力と均衡、そして伝統を重んじるジャイアント村だった。
狩りに出て食糧倉庫を満たし、次のアリーナを準備した。
ジャイアントたちにとって平和な日々が続いた。

たった一人、カロックを除いて…。
彼女がいなくなってからカロックはずっと考えていた。

均衡とは…伝統とは…自らに問い続けた。

ある日、カロックの目に自分のガントレットが飛び込んできた。
このガントレットはカロックが持っている唯一の武具で
アニスが村に来るまでは使ったことがなかった。
再び疑問が湧き上がってきた。

そして自分の拳を見つめた。
この拳は今、何の意味を持っているのだろう。

会議招集の太鼓の音が鳴り響いた。
今回太鼓を叩いたのはカロックだった。

ジャイアントたちが集まるとカロックはアリーナに上がり、人間の戦いに介入すると宣言した。
今回もアクムが真っ先に反対の意を表明した。

「兄弟よ!外の世界の全ての戦争は神々の罠だ!俺たちは伝統を守らなければならんのだ!さもなくはそれは、均衡の価値を認めないということだ!」

アクムは大声で叫び、ちっぽけな人間の存在がカロックを弱くさせたと嘆いた。

「俺たちの知らない、もっと大きな均衡がすでに崩れ落ちているかもしれない!」

もっと大きな均衡がすでに崩れ落ちている…。
それがカロックの出した答えだった。
戦争が消えていないのなら、それがジャイアントの世界であれ、外の世界であれ、均衡はとっくに崩れ落ちたのだ。
悲しみと苦しみに満ちた世の中、そんな世の中を正すのが均衡を守るということであろう。

「しかし、兄弟よ!」

アクムが再びカロックを説得し始めた。

しかし、カロックは手を突き出してアクムを制止した。
彼の覚悟に揺るぎはなかった。

カロックが静かに腰からベルトを外した。
そして左手でベルトを持ち上げて見せた。
皆が息を殺して見ていた。
一族のベルトにかけて重要な決断を下すという合図だった。

「一族の名にかけて、大事な決断を下す!全ての一族にこの俺、カロックを追放することを求める!」

そう叫んだカロックは、一族のベルトをアリーナ上に投げつけた。
カロックの言葉と行動に、ジャイアントたちは驚きを隠せなかった。

アクムはそれ以上カロックを引き止めることができなかった。
カロックは伝統に則ってジャイアントの掟に反する行動ができるようになったのだ。
一構成員のアクムにはカロックを引き止める権限がなかった。

村を去ったカロックは、カイマン森を出て最も近い人間の村へ向かった。
村でアニスを探したが、彼女の名前を知っている者は一人もいなかった。
剣を持っている女騎士の姿を説明しても、住民はみんな首を横に振るばかりだった。
彼女は真っすぐアルベルンへ向かったに違いなかった。

カロックは焦り始めた。
住民たちにアルベルンの位置を聞いた。

カロックがアルベルンに辿り着いた時はすでに日が沈んだ後だった。
アルベルンの外壁は魔族が攻めてきた時に崩れたのか、四方に大きな穴が空いていた。
爆薬で壁を崩し、四方から同時に攻め入ったのだろう。
そのおかげで、カロックは簡単にアルベルンに入ることができた。

アルベルンの中心部に、巨大な松明が燃え上がるような明るい炎が揺らめいていた。
都市の中央に魔族たちが集まっているに違いなかった。
炎の灯りが届かない都市の外郭は静まり返っていた。
本隊はすでに移動し、都市に残っているのはごく少数だった。

家や建物のほとんどが燃えて崩れていた。
ところどころに人間や魔族の死体が転がっていたが、アニスの姿はどこにもいなかった。

カロックは、炎の灯りに導かれて都市の中央へ向かった。

一時は都市の中央広場だったはずの空間が、今では魔族たちの陣地と化していた。
広場の噴水は水しぶきを上げる代わりに、ゴミを燃やす焼却炉に姿を変えていた。
あらゆる汚物を燃やしているような、強烈な悪臭を放っていた。

魔族たちはこの炎の周りに集まって寝そべっていた。
何体かの魔族だけが、睡魔に襲われて重くなった瞼をこじ開けながら見張りをしていた。

その時、カロックは見張りをしていたゴブリンが、クスクスと笑いながら長剣を触っているのを見た。
柄に騎士団の装飾が施された鞘のない長剣…。
それは間違いなくアニスの長剣だった。

その刹那、カロックは怒りに駆られて広場に飛び込んだ。
カロックが走ってくる音を聞いたゴブリンが意味の分からない魔族語で叫んだ。
全ての魔族がその声に驚き目を覚ました。

カロックはゴブリンに飛びかかり、蹴り倒して長剣を奪った。
飛ばされたゴブリンは暫らくするとまったく動かなくなった。

カロックはアニスの長剣を確かめた。
まさしく一緒に練習していた時にアニスが使っていたあの長剣だった。長剣を握った手が震え出した。

起き上がった魔族たちがカロックを警戒しながら集まってきた。
一糸乱れずにカロックを囲んで一気に飛びかかってきた。
カロックは四方から襲ってくる魔族たちを拳一つで倒し続けた。
剣も槍も斧も、彼には通じなかった。
俊敏な動きで魔族の体をへし折り、他の魔族に投げつけて頭を打ち砕いた。

魔族たちはカロックに勝てないと思ったのか、広場の奥で寝ていた巨体の魔族を起こした。
巨体の魔族は不機嫌そうに起き上がった。
醜い頭が二つあるオーガだった。
オーガが起き上がる時、ホコリが霧のように宙を舞った。

「何?またインゲンか?」
「何だ?また獲物か?」

二つの頭がそれぞれ違うことを言いながらも、その巨躯は巨大なハンマーを持ち上げた。
ハンマーの頭だけでもカロックの体より大きかった。

カロックとオーガがお互いに気づき、向かい合った。
他の魔族たちは二人の殺気に気圧され、その場から逃げた。
そしてその瞬間、カロックは彼女の姿を見つけた。

オーガの足元には金鎖と杭が散乱していて、
そこら中に鎖に囚われた人間の姿があった。
丈夫な男から老人、子供まで大勢の人が鎖に繋がれて倒れていた。
そして、その中にカロックが探していた人もいた。

気を失って倒れているアニスだった。

もう時間がなかった。
カロックはオーガに飛びかかった。
オーガはカロックに狙いを定め、ハンマーを叩きつけた。

「俺が来たぞ!兄弟よ!」

カロックはハンマーを避けず、振り下ろされたハンマーの頭を両腕で受け止めた。
カロックが体中でオーガの力を受け流すと、カロックの足元の地面に亀裂が入った。
一度ハンマーを掴まれたオーガは反撃どころか、ハンマーの柄を動かすこともできなかった。
カロックは雄叫びとともに、ハンマーを掴んだ両手に全身の力を込めた。
ハンマーの柄がバキッと折れ、カロックの手にはハンマーの頭が残った。
柄が折れたハンマーの頭はカロックの身長を超える、大きな柱のように見えた。

カロックは武器を奪われたオーガの足に向かって巨大な柱を打ち下ろした。
轟音とともにオーガの骨が折れた。
オーガが悲鳴を上げながら前方に倒れた。
二つの頭がカロックの前に突き出された。
カロックはその瞬間を逃さなかった。

オーガの残酷な死を目の当たりにした魔族たちは、カロックを恐れて逃げ出した。

カロックはついにアニスと再会した。
しかし、アニスの顔に血の気はなかった。
辛うじて息をしているようで、胸は上下に動いているものの、状態は良くなかった。
彼女は震えながら腹部を抱えていた。
彼女の手の下には、鋭いものに斬られたような大きな傷が見えた。
出血したまま長時間放置されていたようだった。

カロックは周辺に落ちていた布を拾って彼女に掛けてあげた。
カロックの手のぬくもりを感じたのか、アニスがゆっくりと目を開けた。

「カ……ロック……。」

アニスの顔が微かに動いた。
カロックに笑顔を見せようとしているようだった。
しかし、思うように身体が動かなかった。
カロックはアニスの手を握って、大丈夫だと、必ず回復できると話しかけた。
アニスが首を横に振った。

「これで……だ、大丈夫だね……。」

アニスの声が次第に小さくなった。
彼女の声がよく聞こえなかったカロックは顔を近づけた。

「あなたは……わ、私の……。」

アニスは言葉を続けるために口を動かした。
カロックはアニスを見つめた。しかし、もう二度と彼女の声を聞くことはできなかった。

その後、カロックに関する噂話が広まった。
たった一人で魔族を追い払って都市を救った、巨体の男の噂話…。
人間たちはカロックを、どうしても巨体を持つ人間として理解したいようだった。

カロックが向かう先々には傭兵たちが集まってきて、助けを求めたり、入団の話を持ちかけてきた。
しかし、カロックはまだ決められないと断り続けた。

人間の世界に来るなり、絶え間ない戦いを目の当たりにした。
これがアクムの言っていた神々の罠…そして自分はその罠にひっかかってしまったのだろうか。
アニスのために自分の力を使うという決心は間違いだっただろうか。
カロックは再び悩んだ。

カロックの手にはアニスの長剣が握られていた。
カロックは、彼女が笑顔で村を去っていく姿を思い出した。
例え一人だとしても全てを変えようと、覚悟を決めた戦士の顔をしたアニスを…。

カロックは自分の選択を後悔しないことにした。
人間たちの目で見た均衡はどういうものか、もう少し見てみようじゃないか。

カロックが泊っていた宿で、新たな傭兵団が入団の話を持ちかけてきた。
そして、今回のカロックの返事は以前とは違うものだった。

マビノギ英雄伝公式サイト

「カロック キャラクターストーリー」より

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